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待ち合わせは、大盛況のJA駐車場
JR東岸和田駅から車で10分強、岸和田市真上町(まがみちょう)の今本吉男さん(43歳)をたずねた。待ち合わせ場所は、吉男さんの自宅からも畑からも近いJAいずみの有真香(ありまか)支店の駐車場。
なぜか、クルマがいっぱい。どうやら取材日は、JAが確定申告の書類作成を手伝いしてくれる日だったようで、書類を手にした人が出たり入ったりと大盛況。JAには組合員さん向けのいろいろなサービスがあるんだなぁと感心しつつ、駐車場にいると邪魔になりそうで、早速、吉男さんの畑へ移動。
自然と歴史と、ため池の町
吉男さんの畑がある岸和田市真上町は、遠くに葛城山(かつらぎさん)を仰ぐ、自然豊かな、ため池の多い地域である。
奈良時代、行基によってつくられた久米田池もその一つ。満水面積は46.5ヘクタール、大阪府内で第一位。ほか岸和田市に現存する多くのため池は、江戸時代に建設されたものが多いようである。長い歴史の間に改修を繰り返し、農業用水として、大切に守られてきた。吉男さんの畑も、近くのため池から水をひいている。
大小さまざまなため池の数はあわせて約11,000ある。大阪府は国内有数のため池密集地で、全国では兵庫県(43,321)、広島県(20,183)、香川県(14,619)に続く第4位である。1平方キロメートル当たりのため池数(密度)は5.8で、香川県(7.8)に続いて第2位である。
吉男さんの畑では、収穫期を迎えた大阪しろなの淡いグリーンとホウレンソウの濃いグリーンが鮮やかなコントラストを描いていた。大阪しろなは、なにわの伝統野菜のひとつ。吉男さんによれば、市場にハクサイが出回らない時期、代替品としてよく売れるという。
「うちは代々、露地で大阪しろなを栽培してきました。水はけが良い土なので、育てやすいんです。ハウス栽培とちがって、軸がしっかりしていて株が大きいでしょ」。
吉男さんおすすめの食べ方は、小さい頃、おばあちゃんがよく作ってくれたという「しろなとおあげさんの炊いたん」。最近は、サラダで食べる人も多いとのことで、ご本人も畑でパクリ。「普段、生ではあんまり食べないんですけど、けっこういけますね」と、微笑む吉男さん。
帰宅後、筆者も早速、おみやげにいただいた大阪しろなをサラダにして食べてみた。シャキッとしていて、みずみずしく、噛むとジューシー。味はあっさり、どんなドレッシングとも相性抜群だ。
30歳で、サラリーマンから専業農家へ
吉男さんは、今本農園の3代目。露地で大阪しろなやコマツナ、ホウレンソウなどの軟弱野菜を中心に、季節によってはニンジン、キャベツ、ハクサイも手掛ける専業農家である。
若い頃は機械に興味があり、機械系の技術職としてコピー機の会社やガス工事の会社で、サラリーマンをしていた。吉男さんが30歳の時、父が体調を崩し、農業を手伝うことになった。「もともと、農業を継ぐつもりはなかったんです。とりあえずは父の代わりにしばらく手伝うくらいの軽い気持ちでした。うちは当時、卸売市場だけに出荷していて、あまり面白くなかったんです」。
卸売市場では、価格を決定する方法として「せり売」や「入札」、「相対(あいたい)」がある。吉男さんが手伝い始めた頃、今本農園の野菜は相対によって取り引きされていた。
相対取引とは、卸売業者を通して、売り手と買い手が販売価格や数量をあらかじめ協議して決定し、流通させる方法。せり売りや入札の場合は、供給が少ないと価格が高くなり、供給が多いと低価格になる。対して相対は、安定価格に設定できる。相対は、生産者にとって魅力的な形態だと、これまで筆者は思っていた。
しかし吉男さんから、想定外の言葉が飛び出した。「相対取引での価格が、高くなかったんです。農業にやりがいを感じることができませんでした」。言われて、はっとした。農産物の適正価格は、生産者が生産し続けたいと思える価格でなければならなかったのだ。