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吹田市といえば、大阪万博や太陽の塔、エキスポCITY、名神高速道路、中国自動車道などを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。農地面積は今や市全体の2%にも満たないが、吹田市のゆるキャラは「すいたん」。
すいたんは、なにわ伝統野菜のひとつ、吹田慈姑(クワイ)がモチーフである。慈姑は水田の雑草、オモダカの変種。吹田慈姑は明治維新まで毎年、京都御所へ献上されたという記録が地元には残る。吹田には、それだけ水田があったということを物語っている。
まるで要塞、佐井寺のお屋敷
千里丘陵の緩斜面にある吹田市佐井寺の奥農園へ向かう。茅葺入母屋(かやぶき いりもや)*の屋根が目印という。屋根は見えた。しかし入口がなかなか見えてこない。なんだ、この石垣は。ずっと続いていて、まるで要塞。
石垣伝いに道が続き、ようやく入口へたどりつく。石段を登り、門をくぐると、立派な広い庭と御屋敷が、どどーん。軒下では、大型扇風機が切干大根を豪快に乾燥中だった。
*入母屋とは、上部が二方へ勾配し、下部が四方へ勾配する屋根の形式。
「あら、いらっしゃ~い」。朋子さんの明るい声が響く。ご本人、強烈に明るいキャラクターである。そして見た目、派手だ。
「明るい色の服しか着ないの。携帯ケースも、ほら。もし、目立たない色だった場合を想像してみて。畑で落とした時に、なかなか見つからないのよ。派手だと、すぐにわかるでしょ」。朋子さんは畑に落ちたりしないと思うが、ここは聞き流しておこう。
軒に鬼瓦があった。天保六年(1835)の銘があることから、築183年のお屋敷である。以前の建物からは、元和七年(1621年)の瓦銘も見つかっているそうだ。文化財に指定されていないのかたずねると「そんなものに指定されたら大変じゃない。だってここに住んでるのよ」。
土間にあるのは、「7つべっつい*」。羽釜、茶釜、平釜など7つの竈(かまど)が半円状に並ぶ。昔は9つあったという。旧藩時代、地域の代表者である肝煎(きもいり)をつとめた家柄である。奥農園には、旦那様や奥様のほか、男衆や女衆が大勢いたことが覗える。
*へっついとは、竈のこと、関西での呼称。釜や鍋をかけ、火を焚いて煮たきする設備。
国語の先生、農家へ嫁ぐ
朋子さんは、農業をしたことがなかった。甲南女子大学国文学部に進学し、中学校の国語教師として教鞭をとっていたが昭和56年(1981)、お見合い結婚。奥家へ嫁いだ。当時、夫の祐次さんは会社勤めで、奥農園はいわゆる「三ちゃん農業*」。
*三ちゃん農業とは、じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんによって営まれる農業。農家の働き手である男性が農業以外に従事した事情による。
「いちから義父母に教えてもらったの。農作業なんかしたことなかったからね」と振り返る朋子さん。農業をすることについて、朋子さんは当時どのように思っていたか。「どうもこうも、農家に嫁にきたんだもの、農業をしなくちゃ。できませんっていう文字は、わたしの辞書にはないの。やれることはやる。そして、やるなら楽しくやらないとね」。
朋子さんのすごいところは、農作業を楽しくやれるよう、道を自ら切り開いてきたことである。
「手で除草してたら、日が暮れちゃう。除草機やトラクターが必要だってパパにいったの。だって機械があれば1人で10人くらいの働きができるじゃない」。当時、機械を巧みに操る若嫁なんて、前代未聞。「なんだか、すごいお嫁さんが来た」と、近所の人の度肝をぬいたという。
「農業女子」なんて言葉のない時代に、朋子さんは、ない穴をグイグイとこじあけてきたのだ。そして、横にはいつも朋子さんを温かく見守るパパ、祐次さんがいた。素敵なご夫婦である。
長い間、タケノコと米が主収入であった奥農園。25年くらい前から東、南、北と順番に区画整理を進め、現在は、畑60アールと竹やぶで、タケノコや野菜、柑橘系の果樹を、有機栽培で育てている。
野菜づくりでは、2017年度の野菜品評会で、祐次さんが北大阪農協代表理事組合長賞(ナス)、息子の信祐さんが吹田市長賞(トマト)、朋子さんが北大阪農協実行組合長連絡協議会会長賞(タマネギ)、その他特別賞(ジャガイモやトウガラシなど)を多数受賞する腕前だ。
奥農園、別名いつもにぎわう蟻地獄
奥農園には、サポーターのような仲間がたくさんいる。朋子さんと祐次さんにはお子さん(男の子1人、女の子2人)がいて、加えて、どうも、朋子さんのママ友やご近所さんが巻き込まれているようだ(笑)。「別名、蟻地獄よ。いったん入ると、もうぬけられないの(笑)。チームともちゃん、なのよ」。
取材当日も「チームともちゃん」の仲間が入れ替わり立ち替わり出入りし、野菜の袋詰めを手伝い、畑まで車で送迎し、直売所での案内をしてくれていた。仲間は、時には畑の作業を手伝い、味噌、梅味噌、梅酒、漬物づくりを一緒に楽しむ。そこに金銭の授受はないが、現物支給の特典がある。
類は友を呼ぶという。仲間のみなさんも、朋子さんに負けず劣らずの明るさとキャラクターの持ち主で、奥農園はいつも賑やかである。