歴史を背負い、大家族で営む海老芋。

乾裕佳さん えびいも

(いぬいゆか / 乾農園)

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京都の料亭などで高級料理として提供されている「いもぼう」。その材料である海老芋は、京野菜の代表格であるが、実は大阪府においても、最高級のサトイモとして生産されており、「なにわ特産品」のなかでも特に生産量が少ない貴重品目として位置づけられている。

その海老芋生産の代表が大和川水系の一級河川、石川のほとり、富田林市西板持(にしいたもち)町の「乾農園」で育てられている海老芋だ。

乾農園四代目の乾裕佳さん(42)に、種芋を植え、葉が伸びてきた頃の畑に案内していただいた。

「お父ちゃんの海老芋」を継ぐ

サトイモ属の海老芋は、名前の由来でもある「海老反り」のような独特の形状とクルマエビを思わせる縞模様が見た目の特徴だが、真の持ち味は肉質のキメの細かさにある。裕佳さんは「お父ちゃんの海老芋しか食べたことなかった」と言う。父の乾勝秀さん(69)は「海老芋の名人」と称されていた生産者であり、衰退しつつあった西板持の海老芋を料理人の上野さんとともに復興した立役者だ。

上野さんは大阪料理研究家として名高い「浪速割烹㐂川(きがわ)」の初代店主。十数年前、海老芋を掘り上げている勝秀さんの畑に突然やってきた。乾農園で収穫された海老芋を見て、「大阪にこんなええ海老芋があったんか。これからも是非作り続けて欲しい」とその場で懇願。

重労働に加えて手間がかかり過ぎるため、もうやめようと思っていた勝秀さんが、海老芋栽培を続けるきっかけとなった。

「おかげさんで、だいたい料理屋にいってるわ」

名人の海老芋はプロの料理人の注文でほぼ完売する。「乾ブランドとして、京都の料亭に使ってもろてる」と誇らしげな勝秀さん。もちろん旬の食材として、地元富田林や大阪市内の料理店、旅館でも重宝されている。

棒鱈と海老芋を炊き合わせた「いもぼう」は、世界遺産「和食」を代表する一品といっても過言ではないが、海老芋は和食にとどまらず、近頃フレンチにも導入されている。

大阪天満橋のフランス料理「ORIGIN」の「大阪富田林産海老芋のロースト なにわ黒牛の赤ワイン煮込み」は、裕佳さんのお気に入りの逸品。海老芋の形状と質感を活かしたおしゃれな一皿だという。

和食しか思いつかなかった海老芋がフレンチになるのか、と感心するも収穫時期はまだまだ先の冬。取材時期は初夏であったが、すでに収穫時期が待ちきれない。

農に「NO」の時代も

勝秀さんの長女である裕佳さんは、乾家の農業を継ぐべく育てられてきた。子どもの頃から出荷作業のお手伝いをさせられ、「遊びに行く前には、(手伝いを)せなあかん」と必ず出荷作業の手伝いを終わらせてから遊びに出かけるという少女時代を過ごした。やがて大学に進学するが、通学が近距離だったこともあり、少しでも時間があれば家に帰って出荷作業を手伝ってきた。

けれども本当は農家ではなく、「幼稚園の先生やホテルマンになりたい」という夢も描いていた。ただご両親と家業の農業を大切に思う心もあった。その気持ちが、農業研修生として海外の農業を学ぶため、渡米する一歩を踏み出させることとなった。この研修参加は、乾農園の後継者としての期待を一層高めることとなった。

花嫁さんは鹿児島県の花卉農家に

研修先は南国の楽園ハワイ。ハワイの風がそうさせたのか、同じく日本から農業研修にきていた青年と恋に落ちた。帰国するやいなや裕佳さんは結婚すると言って聞かず、乾農園の後継者として期待していたご両親は、泣く泣く説得されることとなった。

その嫁ぎ先は、なんと鹿児島県の花卉農家。三人のお子さんにも恵まれ、鉢花の生産拡大に励んだものの10年ほど前に夫が亡くなり、やむなく帰阪することとなった。

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