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堺市南部の伝説の地、上神谷(にわだに)
泉北高速鉄道と並走する泉北1号線から、住宅街を抜けると田園地帯が広がる。そこから高台を登っていくと、北尻牧場のサイロと牛舎が見えてきた。その北尻牧場のある堺市南区富蔵(とみくら)の旧村名は「上神谷(にわだに)」という。
西暦670年、鳳凰に姿を変えた天照大神がこの地に降臨したという伝説があるところだ。古代は神のことを「みわ」と言い、それでこの地域は「上神郷(かみつみわのさと)」と呼ばれた。それが「みわのさと」から「にわのさと」へ、「にわだに」へ変化したと言われている。
農業経営の安定を目指して酪農を開始
出迎えてくれたのは、酪農を始めて2代目の北尻芳孝さん(65歳)と3代目の北尻寛光さん(32歳)。北尻牧場では、酪農と水田3ヘクタール、畑55アールの有畜複合農業を営んでいる。
米作りについては、田植えから稲刈り、籾すりから乾燥まで充実した設備をもち、米の専業農家に劣らない機材を完備している。堺市南部の粘土質土壌で育った米は、炊きたてはもちろん、冷めても美味しい幻の米=上神谷米(にわだにまい)として名を馳せている。平成28年には、新嘗祭に芳孝さんの新米(ヒノヒカリ)を献穀した。畑では、レタス、トウモロコシ、小学校の給食用キャベツを育てている。
「稲作と野菜栽培だけでは端境期に出荷するものがなくなるので、農業経営安定のため、父の代から酪農を始めたんです」という芳孝さん。父が15頭から始めた酪農は、現在45頭。牛舎の牛たちは、のんびりと寝そべっていて、クリクリした眼がとても可愛い。1日2回の搾乳で、毎日約1トンの生乳を乳業メーカー(毎日乳業)に出荷している。
ゆったり、おっとりした健康な牛たち
「エサを欲しがってモーモー鳴くこともない。ゆったりしているでしょう。満たされているから、おっとりしているんです。飼い主に似るんですよ」と微笑む芳孝さん。
北尻牧場の生乳の検査分析結果を見せていただいた。そこに記載されていた数値は、脂肪3.95%、無脂固形分8.8%、細菌数1.5万/ml。食品衛生法で定められている牛乳に使用できる生乳の細菌数は、1ml当たり400万以下(殺菌後の牛乳でも5万以下)なので、基準値をはるかに下回っている。「健康な牛からは、美味しくて高品質な生乳が出るんです」という芳孝さん。
絞りたての生乳を試飲させてもらった。すっきり爽やかで、それでいてほんのりと甘い。北尻生乳は品質の高さと極上の味を両立させた、幻の上神谷生乳といっていいのではないだろうか。
なぜ臭わない、北尻牧場の秘密
取材時、一頭の牛の放尿に遭遇。大量のおしっこ。まぁ、出るわ出るわ。個体差はあるが乳牛1頭あたり、1日の排泄量は、ふんが45キロ、尿が15キロという。牧場単位ではとてつもない量である。
放尿を見て気づいた。あれ、なぜだろう。北尻牧場には、これまでに訪れた牛舎で経験した、鼻をつまみたくなるような臭いがない。「うちの牛たちは、草をたくさん食べているからですよ」という芳孝さん。
飼料の主担当は、三代目の寛光さんだ。芳孝さんから引き継いだ技術や大学で学んだ知識を活かし、それぞれの牛が出す乳量に応じて、エサの量や配合を調整している。主食の粗飼料は、朝と夕方の2回。ビートパルプ(サトウダイコンの絞り粕)とヘイキューブ(干し草)、ビール粕をミックスしたオリジナルブレンドである。
1日に5回ほど与える配合飼料は、ヘイキューブ入りの高品質な飼料を選定。「牛の胃の中にいる微生物たちが、効率よく働くように餌をあげるんです。牛の胃は発酵タンクみたいなものなんです」という寛光さん。
牛は、草を食べるために胃が4つある動物なのだ
牛には4つの胃がある。
第1胃は「ルーメン(ミノ)」。草を分解する酵素を持った微生物が棲んでいる。
第2胃は「ハチノス」。ルーメンで消化したものを再び口に押し戻す。
第3胃は「センマイ」。まだ消化していないものを再び第1胃や第2胃に押し戻す。
第4胃は「ギアラ(赤センマイ)」。ここで最終的に食べたものが消化・吸収される。
ルーメン内の微生物は、牛が食べたエサによって、発酵分解の際に出す脂肪酸の種類を変える。粗飼料をたくさん与えられた牛はルーメン内の発酵状態が健康で、良好となる。しかし、生乳の搾乳量増を目的に、トウモロコシや大豆カスなどを主とする濃厚飼料をたくさん与えられた牛は、ルーメン内の発酵状態と健康に支障をきたす可能性が高まる。
野菜でいえば、生産性をあげようとするばかりに、必要以上に化学肥料を投入すると、土壌のバランスが崩れ、野菜が病気がちになるのと同じことである。粗飼料をたっぷりと与えられ、胃の中の発酵状態が良好な北尻牧場の牛のふん尿には、「匂い」はあるが「臭さ」はないことを実感した。