卵は、ヒヨコから育てる。3代目の心意気。

足立敏弘さん 畜産

(あだちとしひろ / 谷川養鶏)

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大阪で養鶏といえば、富田林

近鉄長野線の富田林駅から車で15分、谷川養鶏三代目の足立敏弘さん(49)を訪ねた。大阪市平野区で1956年に創業した谷川養鶏が、富田林市へ移転してきたのはその9年後、1965年である。1,000坪の敷地内で約7,000羽の鶏(赤い卵を産むボリスブラウン)を飼っている。

大阪府畜産会の情報によると、現在、大阪府下で1,000羽以上の鶏がいる養鶏農家の登録数は14戸、合計羽数は約63,000羽。そのうち、5戸の養鶏農家、約28,700羽の鶏がいるのが富田林市。大阪府下で最も養鶏の盛んな地域である。

マグロの仲買人から、養鶏へ

もとは尼崎の卸売市場でマグロの仲買人をしていた敏弘さん。「時々、卵集めやエサやりを手伝いに来ていたんですよ。ここは、妻の実家ですからね」。

先代から「谷川養鶏の仕事をやってみないか」と声がかかったのは、今から10年前のこと。時代の変遷に伴い、卸売市場が量販店の下請になりつつあると感じていた敏弘さん。仕事へのやりがい、自らの年齢、家族のことなどを考えた結果、谷川養鶏を継ぐことを決意した。

「え、ほんまに? という感じでした。父が一番驚いたんじゃないでしょうか」とにっこり微笑むのは、奥さまの幸世さん。自分たちが養鶏をするなんて、結婚当初、全く想定していなかったという。しかし、実家の家業が続くことは、幸世さんにとっても嬉しいことだった。現在、敏弘さんと幸世さんは、尼崎市の自宅から富田林市まで車で通勤している。

開放型鶏舎と手作業へのこだわり

先代から引き継ぐにあたり、敏弘さんにはいくつかの選択肢があった。例えば、古くなってきた谷川養鶏の鶏舎を建て替えるか否か。大規模化、効率化だけを求めるならば、ウインドウレスな閉鎖型鶏舎がいい。鶏の活動量が減り、エサの効率がよくなる。

卵は鶏舎の環境で殻の濃淡が変わる。赤色を濃くしたいなら薄暗い施設が好都合になる。給餌、給水、集卵、清掃(除糞)などを自動化すれば、作業は楽になり、スタッフの数を減らすこともできる。

しかし、畜産の団体から養鶏に詳しい関係者が視察に来て、その時つぶやいた言葉が敏弘さんの心に響いた。「ここのニワトリって、なんか元気やし、トサカの色も艶もめっちゃ綺麗やなぁ」。

谷川養鶏の鶏舎は、日光と自然の風が入る開放型鶏舎である。できるだけ鶏がストレスを感じないようにと先代が採用した仕様は、ケージ内1羽あたりの面積が比較的広い。ボリスブラウンは卵をよく産むだけでなく、温厚で人懐っこく、病気にも強い品種である。

「これで、いこう。うちの鶏が元気で、卵が美味しい理由が、ここにあることに気づいたんです」。餌やり、集卵、清掃などで、1日に3~4回ほど鶏舎をまわる。手作業だからこそ一羽一羽と目をあわせ、鶏のトサカの色、目の輝き、羽のツヤ、動きや餌を食べる勢い、卵や排泄物の状態などをみる。鶏の健康チェックを同時に行える。

生まれてから70日以上たつ大雛(だいすう)を仕入れたりせず、3ヶ月ごとに1000羽ずつ、孵化場からヒヨコを取り寄せている。卵を産むようになるまで5ヶ月はかかるが、ヒヨコの段階からエサや水(葛城山系の伏流水)にこだわり、健康なニワトリに育てる。

集めた卵は洗わない。羽や汚れがついている場合は、やさしく拭き取る。うまれたての卵には外部から侵入する細菌から身を守る薄い膜(クチクラ層)がついている。洗浄すると、膜は溶けてなくなってしまうからだ。飼養衛生管理基準を守り、鶏が健康に育つような環境をつくることで、鶏インフルエンザや食中毒の原因となるサルモネラ菌の増殖を予防している。

看板犬ラブちゃんと3種の卵

鶏舎のすぐ隣では、卵を購入することができる。お出迎え役は、看板娘ならぬ看板犬のラブちゃん。ラブちゃんに会うことを楽しみに、卵を買いに来る顧客もいるそうだ。

卵は、餌の配合の違いにより「谷川養鶏の卵」「美人たまご」「なにわワインたまご」の3種類に分けられる。

どれもに共通する餌は、2種類の配合肥料に「海藻」と「マリーゴールド」を加えたもの。海藻は、ビタミン、ミネラル、アミノ酸などが豊富。マリーゴールドは、食欲をそそる黄身の色をひきだし、抗酸化作用を持つ「ルテイン」を多く含む。

「谷川養鶏の卵」は、殻の厚みやハウユニット*の高さから、鶏卵品評会で上位入賞のお墨付き。

*ハウユニット(Haugh unit)とは、鶏卵の鮮度を表す指標の一つ。卵の質量、卵白の盛り上がり高から算出される。

道の駅「奥河内くろまろの郷」にレストラン奥河内がある。そのビュッフェでは「谷川さんちのたまご使用 燻製たまご」が提供されている。ベーカリーではクリームパンが販売されており、「谷川養鶏の卵をふんだんに使用した濃厚なカスタードクリームがたっぷり」という添え書きがついている。

「美人たまご」を産む鶏の餌には、ミネラル豊富で、多孔質で強い吸着力がある「麦花石(ばっかせき)」をプラス。体内の臭みが吸収され、癖の無い、甘みのある卵になる。奈良にある素材にこだわるカフェ「キッチン・アミア」では、「美人たまごのオムライス」「美人たまごのふんわりサンド」「美人たまごのやまとぷりん」など、美人たまごを使ったいろいろなメニューがラインナップされている。

「当店のメニュー構成は谷川養鶏の美人たまごがあってこそ。美人たまごをふんだんに使って、蒸し焼きにしたやまとぷりんは、濃厚な味わい。命名は、世界遺産薬師寺の僧侶、村上定運さん。このご縁で、3月末の法要やゴールデンウイーク期間中には、薬師寺内でも販売されているんですよ」と熱く語ってくれたのは、Jr.野菜ソムリエの資格をもつキッチン・アミア店主の藤谷友さん。

なんでも、美人たまごとやまとぷりんには、2018ミセス日本グランプリの松岡由紀子さんやパイセンTVでお馴染み、EXILEのATSUSHIさんのそっくりさんHIROTOさんなどがサポーターとして名を連ねているそうで、イベント出店時には試食や販促のお手伝いにきてくれるのだという。

「なにわワインたまご」は、ワイン製造時の副産物、ポリフェノール豊富な搾りかすをエサに与える鶏の卵である。ワイナリーは大阪府内にある。食品残さ(ざんさ)等を利用して製造された飼料はエコフィードとよばれ、資源の有効利用や飼料自給率の向上に貢献する。

エコフィードは、「環境にやさしい(エコロジカル)」や「節約する(エコノミカル)」を意味する「エコ」と飼料を意味する「フィード」を併せた造語である。

大阪府では、府内の養鶏農家や大阪ワイナリー協会などで「大阪府未利用資源活用養鶏協議会」を設立し、ワインの搾りかすのエコフィード化を検討してきたが、協力できる農家が見つからなかった。

「それなら、うちがやろか。てことになったんです」という敏弘さん。府内の農芸高校でサイレージ化(乳酸発酵)させたものを飼料に混ぜることにした。餌の配合や給餌を手作業で行う谷川養鶏だからこそ、年間1トンという小ロットのエコフィードをうまく活用することができる。かくして、「なにわワインたまご」が誕生することとなった。

乾燥鶏糞は、15キロ100円で販売している。八尾の若ゴボウ畑などで使われているが、販売ルートは開拓中。エコフィードを活用している谷川養鶏の鶏糞。再び土に還す仕組みを共に確立してくれる仲間が増えることを願うばかりである。

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